辺境の人に置き忘れられた万葉は千里眼という異質の能力を持っていた。長じて後、製鉄業を営むこの地方の名家、赤朽葉家へと嫁ぐことになり、千里眼奥様と呼ばれる。万葉の娘の毛鞠は暴走族を率いた後、少女漫画家へと転進。そしてふたりの物語を語る孫のわたし。鳥取の旧家を舞台に三代の女を描く長編。
ライトノベル出身の作家、桜庭一樹の推理作家協会賞受賞作。
2008年版「このミステリーがすごい」第2位。
出版社:東京創元社
鳥取の製鉄業を営む名家、赤朽葉家の三代にわたる物語であるが、特に第一部の万葉の章が圧巻だ。
千里眼の奥様といい、拾われっ子という設定といい、大法螺もいいところの設定を淡々と描いていて読んでいても楽しい。山おろしの激しさの描写や、泪の出産のエピソード、誕生した毛鞠が笑い、バウンドするところなどなど、マジックリアリズムの手法が駆使されていて、その破天荒さにひきつけられる。
また笑いもあるところが何よりもいい。真砂のストリーキングの描写などは悲しい感情が裏にあるにもかかわらず爆笑してしまった。あまりにもくだらなすぎる(また万葉の章でないが、蘇峰有のキャラも笑ってしまう)。
それでいて、章の最後にみどりとの友情を感じさせるファンタジックでほろりとするシーンも持ってくるからたまらない。
第一部に関しては欠点もあるものの、個人的にはドツボにはまる出来であった。
もちろん第一部に及ばないまでも、第二部もおもしろい。
若干語りが速いし、第一部と同じ欠点、年表風の描写がある点が引っかかるけれど、その物語の破天荒さには心引かれる。醜男が好きという設定といい、第一部とは打って変わってレディースが登場する展開といい、そうかと思えば少女マンガ家になる展開といい、もうやりたい放題。しかしその想像力の奔放さこそがこの作品の魅力と言ってもいいだろう。
第三部は物語の語りの速度が遅くなるし、本人自身が語るように語るべきほどの魅力はないに等しい。第一部と二部の速度に慣れたまま読み進むと、もう少し展開速くできないのと思ってしまう。
しかしある程度は先がわかるにもかかわらず、ページを繰る手が止まらないのは物語を語る桜庭一樹の腕が冴えているからだろう。
さてこの作品はそのような女三代の破天荒な物語を通して、戦後の価値観の変遷を描いている点も魅力のひとつだ。
働いて上へと登っていれば幸せで、強くて大きな男がいい、と思っていた時代から、次々と時代が移り、価値観が移ろっていく様がおもしろい。それを戦後の経済の象徴のひとつ、製鉄業を背景に描いているのが効果的だ。
また毛鞠の一生も昭和の一面を確かに象徴している。レディースになるという設定も必然的だと素直に納得できるし、そこにはさまれるエピソードも時代の空気をすくい取っている。少女マンガ家になるという展開は女性の進出を表しているし、その死に様はまさしく過労死が問題視された現代を象徴しているとも言える。ともかくもその描出の様は見事だ。
そんな中で意外に僕の心をつかんだのは瞳子の諦観と、自信のなさである。これはバブルがはじけ、信頼すべき物語を失った世代に共通する認識ではないだろうか。
「すべてがあらかじめ終了したこの国をただ、漂うようにして、わたしは育ったのだ」という言葉は個人的にはもっとも心に響いた。まさにこれこそ現代の価値観であろう。
それでもちょっとした前向きな感覚を持っているところが彼女の章を魅力的にしていたと思う。
なにはともあれ、本作が渾身の大作であることはまちがいない。欠点はあるものの優れた一品だ。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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